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2023年9月23日 (土)

「運輸評論家」堀内重人による名誉棄損裁判判決と現在の心境

     「運輸評論家」堀内重人による名誉棄損裁判判決と現在の心境

                                           2023922

                                           原告 武田 泉

 

判決・主文;「被告は、原告に対し、80万円及びこれに対する令和3131日から支払い済みまで年3分の割合による金員を支払え。(以下略)」

              2023825日判決言渡 札幌地裁民事5

 

 (はじめに)

 北海道内で大学教員をしている武田と申します。私は、人文地理学や地域の交通政策や環境政策を研究し、教育を行っています。

今回、皆様に以下の内容で私が長年にわたって大変苦しめられてきた事情、経過と現在の心境について、ご説明していきたいと思います

 それは、「運輸評論家」の堀内重人なる人物から(以下「被告」と表記)、執拗な言われ無き誹謗中傷を受け続けてきたこと、そしてその当該人物は今に至っても、ほとんど反省をせずにいること、そのため、やむにやまれず法的対応に至ったことについてです。

 これらに対して私は、以下の対応を行いました。

 

(1)弁護士からの警告書送付

(2)警察への刑事告発

(3)民事訴訟の提起

 

 そして、このたび民事訴訟での判決が言い渡されました。

(被告側は控訴期限までに手続きを行わず、本判決が確定しました)

 ここで今までの経過と現在の心境について 皆様にご説明したいと思います。どうかお付き合いください。

 

 (被告との接点)

 武田は、北海道内の札幌で大学教員をしております。所属は北海道教育大学札幌校で、教員養成課程の社会科地理学の担当で、人文地理学や地域の交通政策や環境政策を、調査・研究し、また教育を、北海道という地域に根差した形で行っています。

 そして2000年代の頃に、私は地域の交通研究を、共同研究ということで何人かに呼び掛けて取り組んだ時期があります。何本かの論文は共著者連名で、学会誌や大学の研究紀要に投稿したことがあります。その一環として200708年当時に、とある共同執筆について、被告を含めた数人に呼びかけたことを発端に、被告と接点が出来ました。まさかそれが、今日にまで続くような、執拗に続く言われ無き誹謗中傷を受け続けることになるとは、夢にも考えていませんでした。

 被告とはこの一度だけ共同執筆をしましたが、何か直感的に意見が合わないのではないかと考え、それ以降は一切連絡を取らないようにしました。しかし、被告からは何回か被告の自著を購入しないかと電話をかけてきたこともありました。一度だけ、「謹呈してもらえれば、書評を書くことができる」と返答しましたが、そのような些細なやり取りまで、以降の誹謗中傷のネタにされてしまうなど、当時は考えてもみないことでした。とにかく被告とはできるだけ接触したくないので、以降十年以上にわたって交通に関係した全国学会にも出かけることを控えたことがありました。

 

 (2つの誹謗中傷)

 2018年の春になると、私の職場に不審な郵便物が届き始めました。それは、実在・架空、様々な名前を騙った怪文書で、筆跡はほぼ同一ないし、パソコンソフトで書かれたものであり、その全てが私を侮辱する内容でした。こうした怪文書は、一時は何度も何度も毎月のように、本人のみならず、学長他の複数の職場関係者宛に届き、2020年までに14通にも及びました。そのため職場では、上司からその内容について、疑惑の目を向けられ、事情説明を何度も求められたりしました。また私も、一部の怪文書の差出人となった人物に対して、つてをたどってその真偽について問い合わせをしたりしたため、日常生活や通常の研究・教育活動に支障をきたすことも、度々ありました。問い合わせの結果、差出人はそのような手紙を私宛に送ったことは無かったと証言されました。その後、それらの怪文書は、類似した特徴や、ある思い当たる人物以外知りえない情報があることに気付きました。

 一方、知人から、交通関係の研究者や鉄道ファンの間で「有名人」とされる個人(つまり被告・堀内重人)のフェイスブックにおいて、友達限定の設定で、私である「武田」と特定可能な多数の名誉棄損・侮辱の書き込みが、長期にわたって多数存在することを、後になって耳にしました。毎日のように習慣的に書き込みをしていることもあったそうです。20143月から20208月まで、少なくとも40件が確認できています。この際、この人物が誰であるかは、ピンときました。

 そこで騙られている内容は、私である「武田」を貶め、侮辱し誹謗中傷する、事実無根の内容であり、到底認められるものではありません。

 例えば、「札沼線沿線の国立大学」などと特定可能な内容ばかりでなく、その後調子に乗りエスカレートして実名を出すことも、度重なるようになりました。「献本を催促した」というようないわれのない事実、私が乗ったこともない「西武鉄道『拝島ライナー』でロングシートに座らされて、車掌を怒鳴りつけ、挙句の果てには西武本社に苦情を怒鳴り込んだ」とされたり、「京阪中之島線他の開業一番列車に乗るために、野宿した」とされました。また、「牛丼を好み、強度の偏食」と断定され、「気に入らないことがあると、会場内で怒鳴りちらす」、「やかんを持ち歩く」、「短パンで学会会場に行く」などと、品位を大きく貶めるような虚偽の内容が、繰り返し投稿されていました。このように、ここに書くことがはばかれるような内容ばかりでした。

 

 これらの被告の投稿については、後になって知人から送られたスクリーンショットしたフェイスブック画面で、確認した次第です。

 被告は、ある意味「評論家」を名乗る事実上の「有名人」であり、そこで広められた内容が、事実のように語られ、広められる可能性があったことがあり、また、被告には複数の同調者がいて、被告の言い分を信じ切って、私を吊るし上げようとした人物まで現れたこともあり、何とか対策を講じないと、私の様々な面に悪影響が及びかねないものでした。

 

(法的手段に訴えることを決断)

 以上説明してきたような状況が続き、被告側は全く反省せずに、書き込み他がどんどんエスカレートしかねない情勢となりました。このため、私は知人に意見を聞き、弁護士に相談しました。その結果、次の方法を取ることにしました。

 

1)弁護士からの警告書

2)警察への刑事告発

3)民事裁判の提起

 

 まずは(1)の手段を取りました。

 この際、被告が関西方面在住で、私の関西在住の知人からの情報によると、特に関西方面で被告からの被害者が複数存在している模様だ、との情報を得たため、この知人の方が所属される市民団体の顧問弁護士の方が、事情をある程度把握されているので、大阪に出向いて法律相談されたらどうか、との意見をいただきました。このため私は、2020年正月早々に大阪市のこの弁護士事務所を訪ね、これまでの被告との関係等に関する経緯について、相談しました。その結果、まずはこの被告宛に「警告書」を出してみてはどうか、ということになりました。しかし、この年の春頃に依頼してから、被告のこれまでの姿勢にかんがみ、何度も文案の調整をして、どのような文面が効果的かと、各種検討をすることになりました。このため、実際に送付できたのは8月なるなど、このことだけで約半年を要しました。

 ちょうどこの警告文を送付したほぼ同時期に、知人で私を支援してくださってきた秋田県在住の大穂耕一郎さんが、被告のフェイスブックに何回か、被告の書き込みの不当性に関する内容の投稿をしました。大穂さんの投稿に対して、被告は取り乱すように大穂さんを責め立て、自己を正当化するような態度を取ったため、数度のやり取りを通じてフェイスブック上も騒然となりました。この時期、被告は私の職場の事務職員に対して電話をかけ、自分がこれまでに行ってきたことの正当性を、長々と主張しました。

 

 次に、(2)の刑事告発をしました。

 所轄の札幌北警察署に出向いて、事情を説明しましたが、案件が複雑なものなので、なかなか理解していただけず、一時は立件が難しいかもしれないと、諦めかけたこともありました。この際、支援してくださる方複数から、スクリーンショット画面の整理、エクセル表の作成等、手間のかかる作業をしていただきました。

 警察からは、フェイスブックの書き込みについて、見ることのできる「友達」が同警察署に来署して、その場で画面を出してほしいと依頼されました。そこで大穂さんが札幌に来て、実際に警察署で友達限定の画面を出してもらい、警察側はその画面を証拠として撮影しました。その後、警察は捜査を行い、滋賀県の被告宅を訪ねて調書を作成したと聞きました。私の調書作成はその翌2021年の正月になりました。この際警察は、フェイスブックの書き込みの中から、公金横領を書き込んだ部分を取り上げて、名誉棄損を立件しました。

 その結果、20211月に大津簡易裁判所で罰金20万円の略式命令となったと、被害者告知制度により私は後で、大津地方検察庁からその内容を知りました。

 しかし、警察でも伝えられましたが、刑事で主に訴えられたのは、フェイスブックへの虚偽の書き込み、つまりは団体の公金横領についての虚偽の書き込み等についてであり、私が当時より恐怖を感じた、他人を騙った怪文書については、主たる容疑にはならずに、参考資料という扱いに留まってしまいました。

 

 こうした点も踏まえ、私は(3)の民事訴訟として提訴をすることにしました。

 前述の警告文は大阪の弁護士に依頼しましたが、遠隔地のため、札幌の弁護士を紹介していただきました。札幌の弁護士さんは複数で献身的に当たってくださいました。怪文書だけではなくフェイスブックの書き込み数が膨大なため、それを整理し要点をまとめたエクセル表も作成していただきました。このようなことで、大変な労力を費やされたと思います。

 刑事では参考資料となった「怪文書」(投書)についても、民事では前面に出して訴えることにしました。

 なお、かなり後になって、今回提訴時には見つけられなかった別の書き込みも別の知人により発見したわけですが、被告はいかに多くの書き込みを日常的にやってきたか、その執拗性がよくわかりました。

 提訴は20201228日でしたが、その後裁判所で「弁論準備手続き」が十数回行われ、その間、被告側弁護士の体調不良申し出や、さらなる誹謗中傷書き込みの発見等、裁判は数か年を経ることになり、裁判官も異動により途中交代がありました。その間審理の途中には、裁判所から和解勧告もありましたが、被告側提示された内容(和解条件、提示金額)があまりにひどかったため、あくまで公開された裁判の場での結論を待つべく、その和解案は拒絶しました。

 

 (民事訴訟での本人尋問他)

 20234月には結審前に証人尋問も行われ、被告、原告の他に、フェイスブックの書き込みに同調した人物も、被告側の証人として出廷しました。このため当日出廷し証人となったのは、当日の法廷での審理の順に、被告側松岡宏証人、原告本人(=私)、被告本人、となりました。なお当日傍聴者は、原告側の支援者である大穂さん、司法修習生、他の数人であったと記憶しています。

 次に証人尋問の際印象に残った点についてです。まず、被告側松岡証人に対する尋問では、西武『拝島ライナー』へ苦情を述べた人物が、なぜ原告だと断定するかに至ったかの確認について、やりとりが交わされました。この際松岡証人は、「なぜ武田だと分かったのか?」という被告側弁護士からの尋問に明確に答えず、原告側弁護士からの反対尋問では、「知人からその件を聞いたが、武田の名前は聞いていない。武田だと思って、西武本社に電話した。」などと、根拠曖昧なまま武田と「断定」して、苦情の電話を自分で掛けた、と証言しました。

 次に、原告である私への質問では、淡々と答え、覚えていないことは覚えていない、と答えました。

 最後に、被告への本人尋問となりました。被告側弁護士からは「本人は悪いことをして、原告に迷惑をかけたことを申し訳なかったと、もうしないと言っている」と、前置きをしました。しかし被告はその後の陳述では、原告に関わる虚偽の内容を大きな声で長々と力説し、共同研究について、書いた内容に対して、「ボロクソにどなられた、丸投げされた、献本を催促され断った、武田は執筆していない、紀要の原稿が遅れてわび状を書いた」など、その15年以上前の内容をすらすらと述べ立て、あたかもフェイスブック投稿の文章をそらんじている感じでした。そして、「怪文書を他人名義で出し、悪いことだと思わなかったか」と問われて、被告は「私は立場が弱く、他人を騙った点については問題があるとは思っていた」とし、原告の「ロングシート嫌いは学者仲間で有名だから、その種の発言は原告本人と断言できる」などと述べ、その後の説明は、身勝手極まりない説明に終始していました。

 ここで、この日の法廷での証言のうち、被告側証人と被告本人の間で明確に食い違いが見られた点が、以下の部分でありました。

 まず松岡証人への反対尋問で、「フェイスブックへ武田のことを投稿したのか」の尋問に対して、松岡証人は明確に答えませんでした。

一方この内容に対して、堀内被告への反対尋問の中で、「証人の松岡宏は友人ですね。(フェイスブック投稿の松岡証人のコメントをスクリーンショットしたものを堀内被告に見せて)、「ここにある松岡宏の投稿について、松岡さんは、自分かどうかよくわからないと言いましたが、これはここにいる松岡宏さんではありませんか?」との問いかけに対して、堀内被告は「ここにいる松岡宏さんです。」と証言し、同法廷で被告のフェイスブックにコメントした「松岡」と証人の松岡が同一人物であると、堀内被告が認めたことになり、被告本人と同調者の間で法廷での証言に齟齬をきたしまた。

そうして、この日の法廷は3時間以上経過して、閉廷しました。

 

(判決後の対応について)

そしてこのたび、2023825日に下記の判決が言渡されました。

 

判決主文

  1. 被告は、原告に対し、80万円及びこれに対する令和3131日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 
  2. 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 
  3. 訴訟費用は、これを7分し、その6を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 

4.この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

 

(参考)原告の請求

 1.被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する令和3年1月31日から支払い済みまで年3分の割合による金員を支払え。

 2.被告は、被告が管理するフェイスブックアカウント及び被告がフェイスブック上に作成したプライベートグループに投稿された別紙1投稿目録記載の記事を削除せよ。

 3.被告は、別紙2記載の謝罪文を、別紙3記載の条件で掲載せよ。

 

 この判決では、実質的には原告勝訴として、大方原告側の主張が認められたと思います。

 裁判所による争点への判断では、フェイスブックへの投稿を分類し、原告の社会的評価を低下させるもの(つまり、不法行為に該当)として広範に認定されました。また、被告の一連の行為の目的が、被告の主張する「公益性」ではなく、私怨を晴らすためだったと認めています。

 一方、怪文書によって精神的苦痛や業務妨害に対しては、その投稿の不法性は認めたものの、程度が高いわけではないとされました。

 また、フェイスブック投稿の削除や謝罪文の掲載の要求については、慰謝料の支払いによって原告の損害が回復されるとして、棄却されました。

 

 この判決について、原告側では弁護士、支援者との協議の上、控訴しないという結論を出しました。

 

(おわりに)

 今回、私が民事裁判に踏み切ったのは、次の2つの動機からです。

まず一つは、この本件が単に私だけの個人の問題ではなく、被告に端を発する被害者が、実は複数存在している点です。私よりは軽微かもしれませんが、大勢の人が被告である「運輸評論家」堀内重人に大なり小なり被害を受けています。こうしたことから、今後被告はこれまでの行状を大いに反省するなら、社会的な評論活動や言論活動を自粛すべきではないかと強く思うところです。

 そしてもう一つには、ネット社会でのSNSを使った誹謗中傷が今日横行していますが、決して泣き寝入りせずに、毅然とした対応をすべきではないかということをお知らせしたいからです。このようなことから、今回このような文書を出すことにしました。

 

 これまで、原告の私を支援してくださった支援者の方に対して、改めましてお礼申し上げる次第です。大変有難うございました。

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