2017年3月29日 (水)

大規模災害の鉄道復旧に国庫補助を

 昨年8月の台風10号で、岩手県岩泉町は甚大な被害を受けた。その爪痕がまだ残る小本川支流大川の流れの近くに、廃止されたJR岩泉線浅内駅の跡が残っている。駅舎とホーム、錆びたレール、そして蒸気機関車時代の給水塔が、ここに鉄道が通っていたことを教えてくれる。

 JR岩泉線は、国鉄時代に「特定地方交通線」に指定され、廃止対象路線となっていたが、並行する国道の未整備を理由に、JRの鉄道路線として引き継がれた。

 しかし2010年7月に、土砂崩れによる脱線事故が起き、さらに崩落の危険があるとしてJRは全線運休を続けて代行バスを走らせていたが、2014年3月末に、4年近い運休のまま、バス転換された。

 岩泉線の場合は、JRになってからの1990年代にも存廃問題が浮上していた、言わば「究極のローカル線」だったのだが、大きな災害が鉄道廃止の引き金になりうることを、ローカル線を抱える地域の自治体、住民に改めて認識させたできごとだった。

 岩泉線と接続しているJR山田線(盛岡―宮古間)も、2015年12月の土砂災害により、現在も上米内―川内間51.6kmが不通のままだ。この区間はようやく今年の秋に運転が再開される見通しである。

 さて、昨年末に、もう一つ大きなニュースが報じられた。不通になっているJR只見線の復旧に福島県、地元自治体が合意したというものだ。

 会津若松と新潟県の小出を結ぶ只見線は、2011年7月の豪雨によって会津坂下―小出(新潟県)間113.6kmが不通となった。復旧工事によって2012年10月までに、会津川口―只見間27.6kmを残して運転が再開された。しかし、只見川の鉄橋3本が流出するなど甚大な被害を受けたこの区間について、JRは85億円を超えるとした鉄道復旧費用と、利用客の少なさから、不通区間のバスによる輸送を提案したが、福島県と地元自治体は鉄道による復旧を求めていた。

 昨年12月26日、福島県と沿線7市町で構成する只見線復興推進会議検討会は、復旧費用の3分の一を負担することと、の維持費用の負担(上下分離方式)による鉄道復旧の方針を決定した。この3月にも、JRと復旧に向けた協議が始まるが、開通は早くても2020年とのことである。

 只見線の復旧がここまで膠着した要因は、震災後の鉄道復旧をめぐる動きとよく似ている。大規模災害であっても、現行の法律「鉄道軌道整備法」では、「該当する鉄道の鉄道事業者がその資力のみによっては当該災害復旧事業を施行することが著しく困難であると認めるとき」(第八条4)しか補助金を出す仕組みがない。しかし、これではJRのローカル線が大きな災害を受けると、また同じ議論が繰り返される。

そこで今、この鉄道軌道整備法を改正して、黒字の鉄道会社の鉄道路線についても、災害復旧費用の三分の一まで国庫補助ができるようにする動きが進んでいる。この法改正が早く実現してほしいと思う。

写真は運転されている区間にある早戸駅と、不通区間の会津大塩付近を走る代行バス。


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2017年2月27日 (月)

かまくら攻防戦、終盤へ

自宅の冬の戦い、かまくら攻防戦も終盤となりました。

 豪雪地帯での雪かきは、日々の生活を確保することと、建物の損傷を防ぐことの2方面作戦です。これに、低温による水道管の凍結を防ぐ「凍結防止作戦」が加わります。

1 生活確保作戦

 生活の確保の絶対防衛圏は、道路から玄関までの通行の確保。距離20mです。徒歩だけでなく、車の出し入れも必要なので、幅2mほどの通路をフラットにすることが、毎朝の戦いです。

 冬の車の駐車位置は、夏場より4mほど道路に近い位置です。これは、夏場の位置だと、玄関屋根からの落雪の攻撃を受けるためです。

 玄関屋根からの落雪のある部分も、できるだけフラットにしておきます。万が一流雪溝の水が止まったときに、車の前側の雪をどけてためておく「ストックヤード」にするためで、この冬は何度か、このストックヤードが役に立ちました。

 ストックヤードから庭の池までの通路も、できるだけ確保します。ここは2階屋根からの直接の落雪が来るので、通行止めになってしまうことも多いのですが、台所から庭への裏口は、万が一の際の避難路にもなるので、時間のあるときにこの通路の除雪を行います。

 ただ、この通路の除雪は、2階屋根からの雪が落ちたときと、落ちる心配のない朝のうちに、時にはヘルメットを着用して行います。

2 家屋損傷防止作戦

 雪で家が潰れたり、損傷したりしないように、屋根の雪を下すのが、豪雪地帯の一番の作業といわれます。でも、このあたりの屋根は、雪が積もると自然に滑り落ちるようになっています。私の家も、気温が0℃より上がると、屋根の雪が滑ります。しかし、強い寒波で氷点下の日が続くと、屋根の雪が滑らずにどんどん積もります。そうなると屋根の雪を下さなければならないのですが、私は登れないので、地元の知り合いの業者にお願いします。この冬は1月中旬に一度、下してもらいました。

 屋根からの雪は次第に高い山になり、そのままにしておくと、屋根の雪とつながってしまい、家が「かまくら」になってしまいます。こうなると、屋根の軒が痛むので、雪をどけなければなりません。これが「かまくら攻防戦」です。

 12月は、できるだけ軒の下を除雪して、玄関と同じレベルに保ちます。1月にはしだいにそれが「塹壕」になり、落雪が続くと塹壕が埋まって山ができ、そのうちに屋根とつながってしまいます。このころ、東京から応援部隊が来て、屋根の下の雪をほとんど除雪してくれます。この冬は2月に秋田市からの応援が来て、とても助かりました。でも、雪が続いて、三度、山が出現しました。

 2月26日、前日のマタギの湯からもどると、また屋根の雪が軒下とつながっています。ちょうど、稲村ケ崎から汀線沿いに侵入した敵が、由比ヶ浜に進出してきた感じ。裏側も、化粧坂を敵が下り始めたくらいの段階です。数年前は若宮大路あたりまで攻め込まれたことがあるので、今年はまだ余裕があります。さっそくカンジキをはいて、由比ヶ浜と化粧坂の敵を撃破、そして物置屋根の5回目の雪下ろしをしました。

 もうすぐ3月。あとは多少の武力衝突があるものの、勝利は我が手に。この戦い、守っていれば絶対に勝てるので、助かります。

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2017年2月18日 (土)

新幹線と並行在来線

 

 東北本線は上野(正式な起点は東京)―青森間だ、という昔の鉄道知識が役に立たなくなっている。

 「東北新幹線」は、東京―新青森間を結ぶ高速鉄道だが、在来線の東北本線は、盛岡が終点であり、その先は、岩手県内が「IGRいわて銀河鉄道」、青森県内が「青い森鉄道」という第三セクターの鉄道である。

 これは1990年に政府・与党間で、「建設着工する区間の並行在来線は、開業時にJRの経営から分離することを認可前に確認すること」という合意がされたことによる。

新幹線が開業すれば、並行する在来線の経営収支が悪化することは目に見えている。そこで、旧・国鉄の二の舞をJRに演じさせないため、並行する在来線をJRの経営から切り離すことになったのだ。

この方策は、JRにとってはありがたいことだが、経営を肩代わりする県や自治体にとっては、大きな負担となり、地元住民にとっても、運賃値上げという直接負担が加わる。

IGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道は、貨物列車を走らせているJR貨物から、国の主導で増額された線路使用料を受け取っている。

しかし、JR東日本が盛岡-青森間を通り抜けていた寝台特急「北斗星」や「カシオペア」を2015年までに廃止したため、三セク2社の貴重な収入となっていた運賃と線路使用料が臨時列車を除いて入らなくなってしまった。

 こうした面はあるものの、新幹線は地域産業の発展や観光客の増加などのプラス効果が大きいため、これまで、どこの県や自治体でも、「在来線分離」の条件を受け入れて建設運動をすすめてきた。その結果、2015年の北陸新幹線金沢開業では、長野県、新潟県、富山県、石川県を走る在来線234kmが、県ごとに4社の第三セクター鉄道に移管された。

 さて、東北地方には山形新幹線と秋田新幹線も走っているが、この2路線には在来線の第三セクター化は起きていない。いわゆる「ミニ新幹線」方式を採用したからだ。

 「ミニ新幹線」方式は、新幹線整備計画から外れた地域に、在来線も走行できるタイプの新幹線車両を走らせるもので、建設費が通常の新幹線よりも安い。在来線のカーブを一部改良し、レールの幅を広げることが工事の中心となるからだ。地元の通勤通学輸送も同じ線路を走る普通列車によって確保される。山形新幹線は1992年に山形まで、1999に新庄まで開業、秋田新幹線は1997年に開業している。

 「ミニ新幹線」方式では、最高速度が在来線並みに制限されるので所要時間が通常の新幹線よりもかかるし、単線区間では交換待ちの停車もある。また、線路幅の違いで貨物列車が入れないので、貨物輸送の多い日本海縦貫線などには、この方式は向かないだろう。

 現在、山形、秋田県内を中心に、奥羽・羽越新幹線の建設促進を求める動きがある。運動を進める際には、東北新幹線のような「フル規格」、山形、秋田新幹線のような「ミニ新幹線」、そして在来線の改良・高速化のそれぞれの必要度、建設費、地元にとってのメリットとデメリットなど、総合的に議論していただきたいと思う。Photo

震災で見えた鉄道の課題

 2017年1月から6月まで、月1回、河北新報「座標」欄に記事を書いています。これは1月21日掲載の文章です。(写真はブログ用に載せました。)

 昨年11月18日、北海道から大変なニュースが報道された。JR北海道が、全路線の約半分にあたる1,200㎞以上の路線を「単独での維持が困難」だとして、すでに廃止が決まっていた留萌―増毛間(昨年12月4日が最終日)を含む留萌本線全線と、札沼線根室本線の各一部は「廃止を前提」とし、残りの路線については、維持に必要な費用について、地元自治体にも負担を求めたいと表明したのだ。

 東北地方でも、鉄道の経営をめぐる課題がここ数年表面化している。特に2011年の東日本大震災で、沿岸部の鉄道路線が壊滅的な被害に遭い、その復旧・復興の方法をめぐって、国と県、自治体、鉄道会社の間で、話し合いが長く続いた。

 三陸鉄道については、岩手県と国土交通省からの財政支出による復旧が決まり、2014年4月に全線の運転が再開された。

 JR東日本の路線は対応が分かれた。沿岸部の路線のうち、八戸線、仙石線、常磐線については、JRの鉄道として復旧・復興させることになった

しかし気仙沼線・大船渡線の前谷地―盛間はBRT方式のバスで仮復旧された。山田線宮古―釜石間はJRが復旧費用の多くを負担して工事を行い、完成後は赤字の負担金として一時金を支払って三陸鉄道に経営を移管するというものだ。この方式での決着までに4年の年月が費やされ、2015年になってようやく工事が始まった。宮古―釜石間の運転再開は2018年度になるという。しかし、山田線を引き受けることによって三陸鉄道の赤字が増えると予想される。

 私は秋田内陸線という第三セクター鉄道の支援団体で活動をしているが、ローカル鉄道の赤字を問題にする人に、このように質問している。

 「鉄道の赤字は確かに問題です。でも、道路は黒字ですか?」

 道路は税金で建設され、有料道路を別にすれば、ほぼ税金で維持されているが、鉄道は建設費や維持費の多くは鉄道会社が負担している。

 同じインフラで、道路が税金で賄われ、鉄道は会社負担という仕組みになっているのは、鉄道建設時代には鉄道が大きな黒字を生み出していたことも要因と言われている。

今は、自動車交通の発達によって鉄道の輸送シェアは減少したものの、長距離輸送や都市近郊の通勤通学輸送にとって鉄道は不可欠である。

一方で、ローカル鉄道の場合、国や自治体からの支援がなければ存続が危うい路線も多い。沿線地域にとって存在感の大きい鉄道を、どのようにして将来へつなげていくのかが、大きな課題となる。

 東日本大震災によって、私たちは、鉄道と地域のつながりを改めて見直さざるを得なくなったといえる。東北の鉄道の今と将来を、考えて行きたい。

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2017年1月 2日 (月)

明けましておめでとうございます

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 明けましておめでとうございます。2017年が平和な年でありますように。

2016年12月26日 (月)

東京都文京区小日向の物件です

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 私の実家(鉄骨3階建てのプチ・マンション)の1階(2LDK)を借りてくださる方はいないでしょうか。

 昨年、両親が他界(両方とも病院で)したため、3階に住んでいる弟を1階に、と思ったのですが、本人はまだ3階にいたいとのことで、今、1階の片づけとリフォームをしています。住所は文京区小日向2-1-19。地下鉄茗荷谷駅徒歩10分、江戸川橋駅徒歩10分の第1種住居専用区域で、道路の向かいが小学校と幼稚園です。築23年ほど。写真参照。

 甘柿のなる小さい庭があり、その手入れをどうするかなど、案件があるので、不動産屋を通さずに知り合い関係者に貸したいと思います。2つの部屋は離れているので、シェアハウスにもできそうです。年末にハウス・クリーニングが入ります。

 ちなみに、2階の1Kには私の小学校の同級生の息子さん、3階の1DKには秋田の友人の娘さんが入居中。一度見てみようという方は、大穂までご連絡ください。家賃はご相談いたします。

2016年10月24日 (月)

北秋田市小中学校適正規模再編プランへのパブリックコメント

                        平成28年10月21日  

 北秋田市小中学校適正規模再編プランについてのコメント

北秋田市阿仁幸屋渡字山根32  大穂耕一郎

       くまのたいら企画 代表

       一般社団法人大阿仁ワーキング 理事

 

 いま検討が進められている、小中学校の統合案について、意見を述べさせていただきます。

 私は、大阿仁小学校を統合せず、地区説明会で阿仁幸屋の佐藤時幹さんが提案した、複式校・小規模校モデルとして存続させることを支持いたします。

 

1 通学時間、距離

 大阿仁小学校から前田小学校までの距離は約24㎞、一番奥の打当地区から前田小までは31㎞という距離があります。このような長距離の移動を小学生に毎日強いることは、体力面からみても無理があります。また、片道1時間、往復2時間を通学のために使うことは、保護者や児童の毎日の生活を制約するだけでなく、家庭学習時間の減少を招きます。

 保護者と児童が、積雪2mから3mに迫る豪雪地帯の山間部で約30㎞も離れて過ごすことは、病気やけがの際の対応、また、地震や水害、雪害など、災害時の対応に大きな障害となります。また、保育園と小学校の両方に子供を預けている保護者にとって、この距離は大変な負担となります。

 

2 複式学級と教育効果

 再編プランを作成した一番の理由を、教育委員会は「複式学級の解消」としています。たしかに、複式よりも単学年の方が指導しやすく、また、子どもの数はある程度多いほうが、様々なスポーツができるなどの利点があります。

 しかし、すでに以前から複式学級が存在する大阿仁小学校のこれまでの教育は、少人数指導の利点を生かし、また、日常的な異学年交流により、良好な人間関係と学習環境を育んできました。大阿仁小学校の児童の学力の高さは、それを証明しています。

 私は大阿仁小学校の学校評議員をしていますが、「複式学級では片方の学年が常に放っておかれる」ということはなく、むしろ、自ら進んで練習問題や課題解決に取り組んでいます。秋田県の学力の高さは、こうした少人数の指導によるところが大きいと考えます。

 学校統合をすると、その学校が蓄積してきた指導法や学習の雰囲気を断ち切ることになります。政策研究大学院大学の研究生が横浜市の事例を調査したところ、統合された学校の児童に学力低下と家庭学習時間の減少が見られたという報告があります。(冨樫哲一2015) 大阿仁小学校が統合された場合、通学時間が大幅に増えるので、その結果は容易に想像できます。

 

3 学校、家庭、地域の三位一体

 大阿仁地区では、小学校を「地域の学校」として、地域住民が様々な行事に関わり、文字通りの「三位一体」で子どもたちを育てる形を作ってきました。この地域の教育力は、北秋田市はもとより、全県にも誇れるものだと思います。統合によってこの連携が損なわれることは、教育のみならず、地域にとっても、たいへんもったいないことです。

 北秋田市は面積が広く、平野部と山間部では条件が全く違います。全市一律の基準ではなく、地域に応じた対応をお願いいたします。

 

4 今後の大阿仁小学校の位置づけ

 秋田県内では、今後も児童の減少傾向が続く学校が多いと思われます。当然、新たに複式学級を導入せざるを得ない学校も出てきます。したがって、複式学級の小規模校としての学習指導、生活指導、そして保護者・地域との連携の経験を蓄積し、県内の他の学校にスキルを提供する「モデル校」が必要となります。大阿仁小学校は、県内や他県からの視察・研修を受け入れる「モデル校」に最適です。

北秋田市教育委員会が大阿仁小学校の実践を広く紹介し、教育関係者だけでなく、他校からの転入生を積極的に受け入れることで、児童数を維持して行くことが可能となります。他地区からも通学可能な「特認校」は秋田県では現在指定されている学校がありませんが、小規模校の特色を生かした教育をアピールする上でも、大阿仁小学校を「特認校」に指定していただければと思います。この場合、地域内に保護者も短期、または1年単位で居住することが望ましく、これは市が進めている移住促進事業の成功にもつながります。

 

5 小規模校へのサポート体制

 文部省は昨年1月に出した「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」の中で、「小規模校を存続させる場合の教育の充実」(第4章)についてまとめています。その中では、小規模校のデメリットを最小化して、メリットを最大化する方策が示されています。

 デメリット最小化の方策の一つが、近隣校との行事や授業などでの交流です。例えば月に2回程度、高学年の児童が合同の体育授業をしたり、地域の様子を発表し合ったり、校外学習や修学旅行を合同で実施するなど、すでに行っている交流をさらに充実させていただきたいと思います。

 もちろん、地域としても、これまで以上に小学校への協力体制を作り、学校を核として、保護者、地域が一体となった運営を進めて行きたいと思います。

 

6 再編プランの具体的な修正案

 大阿仁小学校は複式校・小規模校モデルとして存続させる。そして、10年後をめどに、教育委員会と保護者・地域が、その期間の取り組みを点検し、その後の方策を協議する。なお、その間に保護者・地域から統合の要望があったときは、その時点で検討する。

 

補足 阿仁中学校の統合

 阿仁中の統合については、やむを得ないと思いますが、現森吉中の校舎改築後(または新設後)に統合するのがよいと思います。

また、大阿仁地区からの通学は距離と時間が延びます。そこで、車内で学習ができるように内陸線の利用(一部、駅までスクールバス)を検討いただきたいと思います。スクールバスと違って、列車内は公共の場であり、社会性を育てるのに適しています。また、読み書きをしても酔いにくいので、家庭学習時間の確保にもなります。すでに現在、北鷹高校の定期試験中は「スタディ・トレイン」として通学列車に増結を行っており、中学生についても、内陸線の活用は有効な手立てだと思います。

2016年8月 2日 (火)

となりのツキノワグマ(7)

クマの通り道

 Photo 7月20日、大きなクマを見ました。午前10時過ぎ、車で鷹巣に向かって出発して間もなく、国道105号の比立内と岩野目の間の林の中のカーブのあたり。100mほど先の道路に、真っ黒い物体。スピードを落としてカメラに手を掛けたとき、山側の茂みの中に入って行きました。その場所を徐行しましたが、藪に隠れてまったく見えませんでした。

 それにしても大きかった。くまくま園にいる大人のオスグマを少しスリムにしたくらいで、今まで見た野生のツキノワグマの中で、一番のサイズ。あんなのと山で会ったら、もう、どうしよう。

 阿仁合で人にそのことを話したら、その人も同じ場所でクマを見たことがあり、「あそこは、けもの道になっている」とのこと。たしかに、集落と集落の間で、山林の中で、道がカーブしていて見通しが悪く、山側も川側も緩やかな斜面なので、けものの横断歩道としては最適の場所です。でも、春には簡単にコゴミが採れるので、私はよく空き地に車を停めて山菜採りをする場所なのです。来年からは気をつけなければ。

荒瀬の信号から阿仁合の町に入るところも旧道がカーブになって見通しが悪く、そこも、けもの道になっているそうです。この間、知人がフェイスブックに、その場所でのクマの写真を投稿していました。

 比立内から鷹巣までの道を思い浮かべると、他にも数か所、横断歩道になっていそうな場所を思いつきます。クマと衝突したら、たいへん。クマも大変ですが、私は車両保険に入っていないので、修理代も大変です。高速道路ではクマの絵が描かれた「動物注意」の看板がよくありますが、一般国道にも、けもの道が横断する箇所に「クマ飛び出し注意」の標識をつけたほうがいいと思います。 

鷹巣に行った用事は、冷凍しておいた7㎏のラズベリーを、鷹松堂に運ぶため。今年は木いちご(ラズベリー)ジャムを製品化できるのです。4年かかって、収穫量がここまできました。ピークは過ぎましたが、まだこれからも採れるので、10㎏以上の収穫量になる見込みです。

マタギ語りとして知られる「いちご落とし」は、この時期、満1歳半になった子グマを自立させるために、母グマが木いちごの場所に子グマを連れて行き、子グマが夢中になって食べているうちに、母グマがそっと姿を消す、というお話です。

この話に惹かれた首都圏の人から、「ラズベリーのワインを作りたいので協力してほしい」との声がかかり、何度か打ち合わせをしたのですが、醸造には法律上の規制や、ワイナリーでの生産ロットの事情から、実現しないままになっています。一方、私はこれをきっかけに、木いちごジャムを作るために、くまのたいら企画として「あきたキイチゴ利活用研究会」に入会し、ラズベリーの苗を3本購入して庭の畑に植えました。

山の木いちごで一番おいしいのはモミジイチゴですが、水分が多くてすぐに潰れてしまい、また、収穫量も少ないので、商品化は栽培種を使うことにしました。くまのたいら企画のラズベリーはカナダで開発された「チルコチン」という品種です。

ラズベリーは仲間の畑にも植えてもらい、今年は合わせて15㎏くらい収穫できそう。ジャムにすると、概算で150g瓶150個くらいになると思います。

発売は8月になります。「いちご落とし」伝説の甘酸っぱさをお楽しみください。

となりのツキノワグマ(6)

 Img0010_edited1 今年はクマの「当たり年」

 今年は春から、クマが人間の視界に入ることが例年よりも多く、全国的に話題になっています。

 出没が多い理由として、マスコミでも、去年の秋、ブナの実が大豊作だったので、子グマがたくさん生まれたことを挙げています。クマの研究者の間でも、今年はクマの出没が増えるだろうと予想されていました。

 クマは、秋にミズナラやブナ、クリなどの実を食べて栄養をつけ、冬ごもりに備えます。山の木の実は数年に一度、大豊作となり、あとは不作の年が多いので、秋に食べ物がないと、クマは里に出没します。

 でも、今年は春から出没が続いていますね。

 

 里に出て来るクマで今年目立っているのは、子連れの母グマです。子どもにたくさん食べさせないといけないので、母グマは一生懸命です。一方、人間にとっては、子連れの母グマは防衛本能が強いので、人間にとって、とても危険な存在です。

 子連れの母グマが里に下りてくる理由として、最近、興味深い記事が紹介されています。スウェーデンのヒグマの例で、子連れの母グマは、オスグマから子グマを守るために、人間を盾にしようとしているのではないかという説です。

 クマの繁殖期は6月ごろで、この時期、オスは子連れのメスを見つけると、時として子グマを殺してしまうことがあります。そこで、オスグマに出逢いにくい人里に出て来るのではないかというもの。ツバメがカラスから雛を守るために人家の軒に巣をつくるようになったのと似ていますね。でも、人間には人間の都合があり、やたら母グマに出て来られても困ります。

 

 さて、6月ごろに発情、交尾したメスクマの体内の受精卵は、秋に木の実をたくさん食べて栄養状態がよくなってから子宮に着床し、成長を始めます。この、「着床遅延」がクマ類の大きな特徴で、秋に木の実がたくさん食べられなければ、受精卵はそのまま体内に吸収され、妊娠には至りません。

 だから、去年の秋の大豊作で、今年は子グマがたくさん生まれたというわけです。しかし、今年はブナの実がほとんど成らないと発表されています。春から今までのクマの出没状況から、今年の秋はさらにクマ対策が必要になりそうです。

となりのツキノワグマ (5)

 クマが襲いかかってきたら

 これは私は経験がありませんので、聞いたり読んだりした事例報告から。

  前にも書きましたが、99.9%のツキノワクマは、人間を食べ物だと思っていません。したがって、いかに自分が受ける傷を少なくするかというのが第一です。

 ツキノワグマの攻撃は、走って来て人間の足にかみつくか、立ちあがって前足の爪でひっかくか、というケースが多いようです。

 襲いかかられる前でしたら、腹をかまれないように地面に伏せて、首の後ろをかまれないように両手で首を押さえるのが基本です。多少は噛まれたり引っかかれたりしますが、致命傷を防ぐことが第一、とのこと。

 今年、というより2週間くらい前、岩手県雫石町で、おばあさんが自宅の庭でクマと遭遇、おばあさんがびっくりしてしゃがみこんだら、クマがおばあさんの上を通過して行ったそうです。少し引っかかれただけの軽傷でした。

 ただ、インターネットでは、襲われたら「戦うこと」を勧めている人もいるので、これはもう、個人の判断に委ねるしかありません。屈強な人で、相手のクマが小さかったら、つまり「勝ち目」があれば、ということでしょうか。マタギが予期せずにクマに出会ったときは、戦うそうです。

 伏せるのが間に合わずに足にかみつかれたときは、もう片方の足で、クマの顔を思いきり蹴飛ばすのが効果的だそうです。10年くらい前、東京の奥多摩でクマの調査をしていた大学生2人の前にクマが突然現れ、女子学生の足にかみついたので、男子学生がクマを蹴飛ばしたら逃げて行ったとのこと。この男子学生、やりましたね。そのあと2人がどうなったかは、知りませんが。

 ヒグマは前足を張り手のように内側に動かすことができます。一発で人間の首の骨も折れるそうです。

一方、ツキノワグマは、この動作ができません。だから、立ちあがってのしかかりながら、前足を上から下へ動かします。このため、爪で顔面に深い縦向きの傷を負う人が多いとのこと。そうならないためには、自分からクマの懐に飛び込んで、突き飛ばすか投げ飛ばすのが効果的だそうですが、これはなかなか勇気のいることです。でも、実際にクマを投げ飛ばしたらクマが逃げて行ったという事例もあるので、頭の隅に入れておいてもいいのでは。

 

 至近距離でクマを撃退するのに効果的な武器が、「クマ撃退スプレー」です。トウガラシの成分をガスの力で噴射してクマを撃退します。アメリカで開発された「カウンター・アソールト」というもので、スプレー式殺虫剤より少し小さいくらい。価格は1万円ほどと高いですが、万が一のために、私もイワナ釣りのザックの外側に装着しています。先の男子学生もこれを持っていたのですが、ザックの中に入れていたため、取り出す時間がありませんでした。

 このスプレー、10mまで届くのですが、有効射程は5mだそうで、十分に引きつけてから発射する必要があります。また、使用期限が過ぎると成分が弱くなるので、新しいものを買う必要があります。私も今年、2本目を買いました。1本目のときを含めて、幸い、まだ使ったことはありません。

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