クマが町にやって来る 今年の秋のクマ事情から
クマが町にやって来る 今年の秋のクマ事情から
この秋、ツキノワグマの生息地(本州、四国)とヒグマの生息地(北海道)で、クマの人里への出没と人間への傷害事故が多発している。人里というより、町中といえる場所にもクマは現れて、人に危害を与えている。
主原因は木の実の大凶作
半世紀前だと、「人間が山の木を切ったから、クマの食べ物がなくなって里に下りてきた」という説が有力だった。今もそう思っている人が結構いるのだが、それは違う。今は広葉樹の伐採はだいぶ制限されているし、人工林の杉を伐採した後に、杉を植えずにそのままにして自然の林を復活させていくこともある。
今年に限って言えば。クマの大量出没の原因は、ブナやミズナラなど、冬眠前にクマが多量に摂食する堅果類がほとんど結実していない地域が多いことだ。山に食べ物がないので、クマたちは人里の栗の木や、リンゴ、ブドウなどを目ざしてやって来る。
去年は「豊作」だった
去年の秋、秋田県では、クマはほとんど里に下りて来なかった。毎年クマたちがやって来る栗の大木にも、クマは来なかった。去年は山が「豊作」だったからだ。
山が「豊作」の年は、その冬に子グマがたくさん生まれる。クマの発情期は初夏なのだが、クマの受精卵はすぐには着床せず、秋に母体の栄養状態がよいと、初めて着床して胎児が成長を始める「着床遅延」という特殊なシステムを持っている。だから、去年の冬に生まれた子どもを連れた母グマの出没が、今年は目立っている。そこへきて今年の大凶作なので、母グマは子グマを何とか生かせようと必死なのだ。
山から離れた住宅地にも
クマの出没は山里だけではない。平野部の、「まさか」と思われる場所にも、クマがやって来ている。
10月4日の朝、秋田県南部の美郷町役場の近くの認定こども園の園庭に、母グマと2頭の子グマがいるのを職員が発見、クマは近くの作業小屋に逃げ込んで立てこもった。翌朝、仕掛けた檻に3頭とも入って捕獲、駆除された。全国ニューになったので、見た人も多い思う。
この美郷町の現場は、奥羽山脈の西側の里山の縁辺から2キロメートルほど離れた平坦地にある。夜の間にこのクマたちは移動してきたわけだ。
抗議する人たち
しかしこのクマたちを駆除した美郷町役場や秋田県には、数百回もの抗議電話が殺到して、職員は疲れ切ってしまった。これは北海道で放牧中の牛を推定66頭を襲い、半数の32頭を殺害したヒグマ「OSO18」を駆除した厚岸町役場と、射殺したハンター本人にも道外からの抗議電話やメールが殺到したことと同じ構図である。美郷町でも、県外の遠隔地からの抗議が多かったそうだ。
おそらく、クマの出没の実態と、現在のクマをめぐる状況を知らない人が、「殺すなんてかわいそうだ」「動物虐待だ」と考えて抗議をするのだろう。
私も、この秋のクマはとてもかわいそうだと思う。親子のクマが立てこもったというニュースには、涙が出そうになった。しかし、たとえ生かして山奥に放しても、その山奥には食べ物がないのだ。また町に出て来ることは目に見えている。実態を知らずに抗議をするのは、前線で戦う兵士を後ろから鉄砲で撃つような行為である。
住宅地の「通り魔」
10月9日朝、秋田市新屋地区の住宅地で、立て続けに4人が「通り魔」によって負傷した。犯人は、人ではなく、クマだった。
現場は秋田市南西の、近くには自動車免許試験場もある雄物川に近い住宅地。「いったいどこから来たのか?」と、住民を震撼させた。
クマは、夜、雄物川の河川敷づたいに上流部からやって来たか、対岸から川を泳いできたか。まだ「犯人」は捕まっていない。
山の中で、食べ物が足りているときのツキノワグマは、穏やかだ。ばったり至近距離で遭遇しなければ、襲われることはまずない。しかし、町に来てしまったクマは、空腹と恐怖心から緊張しているので、行き会った人間に一撃を加えて逃走することが多い。住民も、まさかクマが来るとは思っていないので、警戒していないので、被害に遭いやすい。
街の中にもクマが
10月19日朝、北秋田市鷹巣の街の中にクマか現れ、バス停にいた高校生の腕に噛みついたり、通行人を押し倒したりして4人に重軽傷を負わせた。さらに、昼前には朝の現場近くの住宅の前で住人にけがを負わせて逃走した。
同じ日の夕方には、同じ北秋田市の農村地帯で、スクールバスを降りて自宅に迎え中学生がクマに襲われてケガをしている。この場所は以前からクマが徘徊していると注意を促している場所だった。
生息域が拡大している
全国的に、クマの生息域は拡大している。先日は伊豆半島でクマが目撃されて話題になった。伊豆半島の場合は箱根山から山続きなので、不思議はない。秋田県では、数年前に、それまでクマの生息域ではなかった男鹿半島で目撃された。男鹿半島は、八郎潟干拓地周辺の広い平坦地で奥羽山系と隔たっているので、ここでの発見は驚きだった。
昨今のクマの出没増加の要因として考えられているのは、まず、里山の荒廃だ。里山の手入れがされなくなり、人家との間に藪や灌木が生い茂るようになると、クマが身を隠せるようになり、人に気づかれずに人家近くまで来ることができる。高齢化などによって、集落から人の気配がなくなると、クマは平気で歩ける環境になる。
また、クマの数が増えていることも大きな要因だ。クマの数は正確に把握することは難しいが、増加していることは間違いない。
秋田県では、長い間、県内のツキノワグマの生息数を「1,000頭」としていた。しかし、実際に猟をするマタギたちからは、「そんなはずはない」との指摘が続けられていた。何しろ、出没が多くて500頭以上を駆除した翌年も、クマはたくさん出没していたのだから。
そこで10年ほど前、県が、山の中に撮影用のトラップを設置する方法で計測したところ、
「4,400頭」という推定値に改められた。だが、実際はもっと多いと思われている。
生息数が増えると、クマは単独行動の動物なので、山の中で強いクマに押し出されて里に下り、人間に由来するエサを覚えて定着するクマも増える。また、オスによる攻撃を恐れた母グマが積極的に里に下りる傾向もあるそうだ。だから、里山の荒廃とクマの生息数の増加、そして山の大凶作が、今年の大量出没、農作物被害や傷害事件続出の原因といえる。
予防対策といっても
自治体では、クマによる被害を防ぐために、農作物には電気柵の設置を奨励しているが、秋田県ではこれまでイノシシやシカの被害がほとんどなかったため、自家用の小さな畑は無防備のまま。大きな農地も、園芸作物を除いては、無防備の農地が多い。
最近は、人家周辺の草地などを刈り払うこともしているが、それはクマを完全に防ぐのではなく、クマに出てくるのをためらわせるという効果なので、今年のような山の大凶作で空腹を抱えたクマにはあまり効果がないようだ。
秋田県は「クマ出没警報」を夏からずっと発令して注意を呼びかけ、自治体の防災ラジオでは「〇〇に出没」、など情報を提供して、住民に注意を呼びかけているが、内容はすでに「不要不急の外出は控えて」「夜間の外出は控えて」というレベルになっている。
私の住む地区は出没が少ないのだが、北秋田市阿仁合地区は、森の中に人家があるような環境のため、町の中にクマが入り込み、窓の外にクマがいる、という状況だ。だから外出には、玄関を開けるときから細心の注意が必要になっている。以前から、夜はクマがやって来ていたのだが、今年は昼間もふつうに栗を食べていたりするので、SNSで自宅から撮影して投稿している人たちもいる。
クマと暮らす
そうは言っても、山里に暮らす人は、これまでもクマと接してきているので、気持ちに余裕がある。「今年はクマもかわいそうだ」と話す人が少なくない。ツキノワグマは、幸い、99%は人間を自分の食べ物として認識していないということもあるのだろう。
通常、クマは人間を察知すると、回避行動をとる。だが、バッタリ遭ってしまったら、クマも人間が怖いので、攻撃してくる。その場合、人間の頭や顔面をねらうので、とっさにしゃがんで頭を守るように秋田県でも呼びかけているのだが、なかなか難しいようだ。
私はこの時期、販売用の栗ジャムの材料を拾いに通っているが、夜にクマが来て栗を食べて行くので、昼間にその残りを拾う、という場所もある。声を出し、手を叩き、周囲に気を配り、腰にはクマ撃退スプレーを装着しての、栗拾いである。
今は野生動物が攻勢に出ている
クマに限らず、イノシシやシカも数を増やしている。人口減少と過疎化が進み、人間と動物の力関係が変わってきた。言ってみれば、敵にじりじりと攻め込まれている状況である。
以前、「山里を離れてみんな町に出て暮らせばいい」という「集落たたみ論」が話題になったが、人間の住むエリアを狭めると、野生動物の生息域が広がり、そのうちに都市が動物に包囲される事態も招きかねない。そうならないような「山里防衛政策」が必要だと思う。
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